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切韻》〈〉。 陸詞法言 撰.
開皇初,
儀同 外史 之推 武陽 思道 著作 彦淵
常侍 國子 諮議 吏部 等八人,同詣門宿.
夜永酒闌,論及音韻.
以,
古今聲調,自有別,
諸家取捨,亦復不同.
呉楚,則‘時傷輕淺’,燕趙,則‘多重濁’,
秦隴,則‘去聲爲入’,,則‘平聲似去’.
又,
支(章移反):脂(旨夷反),魚(語居反):虞(語倶反),共爲不韻;
先(蘇前反):仙(相然反),尤(雨求反):侯(胡溝反),倶論是切.
欲廣文路,自可‘濁皆通’,
若賞知音,須‘輕重有異’.
呂靜韻集》:夏侯該韻略》:
陽休之韻略》:李季節音譜》:
杜臺卿韻略》等 各有乖互,
江東取韻,與河北復殊.
因論‘南北是非,古今通塞’,
欲更‘切,除削疎緩’.
外史:國子,多所決定.
著作謂曰,
『向來論難,疑處悉盡.何爲不‘隨口記’.』『‘我輩數人’定,則定.』
筆,’.
後‘博問英辯,殆得華’.
於是,更渉餘學,兼從薄宦,十數年間‘不遑修集’.
今,,訓凡有文藻,則須聲韻.
居山,交遊阻疑惑之,質問無從,
亡者則‘生死殊’,空懷‘可作之歎’,生者則‘貴賤礼隔’,以報‘交之旨’.
取‘家音韻:古今字書’,
以‘前所記者’,定之,爲切韻五卷.
剖析毫釐,分別黍累.何煩泣玉,未可懸金.
『藏之名』,昔、怪‘‘’大’,
『持以蓋』,今、歎‘‘揚雄之口’吃’.
非是‘小子專輒’,乃‘群賢意’.寧敢‘施行人世’,直欲‘不出戸庭’.
‘于時,歳次辛酉,大隋,仁壽元年’也.



[ 卷一 ]




訓讀
[ 文 ] | [ 南 ] | [ 據 ]

むかし カイyクヮウngのはじめ,
リウw ギドウng(シン) ・ガン グヮイyシ(シスイy) ・ロ ブヤウng(シダウw) ・
ギ チョサクk(ゲンヱン) ・リ ジャウngジ(ヂャクk)・セウw コクkシ(ガイy) ・
シン シギ(トクkゲン) ・セツt リブ(ダウwカウng) トウngハチtニン,
ともにホフpゲンのモンにいたりてやどる あり.
よ,シュランをながうし,オムmヰンにロンキフpす.
ココムmのセイngテウwにすでにおのづからベツtあり,
ショカのシュシャもまたまたおなじからず.
ゴ・ソ はすなはちときにケイngセンにやぶれ,
エン・テウw はすなはちおほくヂュウngダクkにわたり,
シン・ロウng はすなはちキョセイngはニフpたり,
リャウng・エキk はすなはちヘイngセイngはキョににる.
また,シ(シャウngイのハン)・シ(シイのハン),
ギョ(ギョキョのハン)・グ(ギョグのハン),
ともにヰンせずとなし,
セン(ソゼンのハン)・セン(サウngゼンのハン),
イウw(ウキウwのハン)・コウw(ココウwのハン),
ともにゼセツtをロンず.
ブンロにひろからんとほっせば,おのづからセイngダクkみなツウngずべく,
チイムmをシャウngせらるるにおよんでは,すなはちケイngチョウngにイあるにまつ.
リョ セイng のヰンシフp,カコウw ガイy のヰンリャクk,
ヤウng キウwシ のヰンリャクk,リ キセツt のオムmプ,
ト ダイyキャウng のヰンリャクk トウngにおのおのクヮイyゴあり.
コウngトウngのシュヰンはカホクkとまたことなる.
よりて ナムmポクkゼヒ・ココムmツウngサイy をロンじ,
さらにセイngセツtをクンセンして,ソクヮンをジョサクkせんとほっす.
ガングヮイyシ・セウwコクkシにケッtテイngするところおほし.
ギチョサクk,ホフpゲンにいひていはく,
キャウngライyのロンナン,ギショことごとくつきたり.
なんぞ くちにしたがひてこれをしるさざる をなす.
ガハイyスウwニンさだまればすなはちさだまれり.と.
ホフpゲンすなはちショッkカにふでをにぎり,カウngキをリャッkキす.
のちひろくエイngベンにとひ,ほとんどセイngカをう.
ここにおいてさらにヨガクkにわたり,かねてハッkクヮンにしたがひ,
ジフpスウwネンカンシウwシフpにいとまあらず.
いまショフクkにかへり,ひそかにこれをテイyシにおしふるに,
およそブンサウwあらんとせばすなはちセイngヰンにまつ.
サンヤにビャウngキョしてカウwイウwはソゼツtし,
ギワクkのショはシツtモンせんによるなく,
バウngぜしものはセイngシみちをことにし,むなしくなすべきのタンをいだき,
ソンするものはキセン レイyへだたれば,もってゼッtカウwのシをハウwず.
ついにショカのオムmヰン・ココムmのジショをとり,
さきにしるすところのものをもって,これをさだめて セツtヰン ゴクヮン となす.
バウwセキkゴウwリ・フンベツtショルイy.
なんぞハンにギョクkになかん,いまだケンキムmすべからず.
これをメイngザンにかくす,むかしバセンのゲンダイyなるをあやしみ,
ヂしてもってシャウngにふたす,いまヤウngユウngのくちキツtなるをなげく.
これセウwシのセンシフpなるにあらず,すなはちグンケンのヰイをのぶ.
なんぞあへてヂンセにシカウngせん,だだコテイngをいでざらんことをほっす.
ときに サイyジ ジンイウw,ダイyズイyヂンジュグヮンネンなり.




Minnamese Romanization.
[ 文 ] | [ 訓 ] | [ 據 ]



"Chhiat4-un7/" 'su[si]7/'. Liok8 Su5/ (ju7/ Hoat4-gan[gian]5/) choan7/.
sek4/, khai1-hong5/ chhou1/, iu2
Liu5 Gi5-tong5/ (Chin1/),
Gan5 Goe7-su2/ (Chi1-Thui1/),
Lou5 Bu2-iang[iong]5/ (Su[Si]1-To7/),
Gui7 Ti[Tu]3-chok4/ (Gan7-Ian1/),
Li2 Siang[Siong]5-si7/ (Jiak[Jiok]8/),
Siau1 Kok4-chu[chi]2/ (Kai1/),
Sin1 Chu1-gi7/ (Tek4-Goan5/),
Siat4 Li7-pou7/ (To7-Heng5/) teng2/ pat4-jin5/
tong5 ge2 Hoat4-Gan[Gian]5 bun5/ siok4/.
ia7/ eng2 chiu2-lan5/, lun7-kip8 im1-un7/.
i2/ kou2-kim1 seng1-tiau5/ ki3/ chu7 iu2 piat8/,
chu[chi]1-ke[ka]1/ chhi[chhu]2-sia2/ ek8-hiu7 put4-tong5/,
Gou5/-Chhou2/, chek4 si5/ siang[siong]1 kheng1-chhian2/,
Ian3/-Tiau7/, chek4 to1 siap8 tiong7-tok8/,
Chin5/-Liong5/, chek4 khi[khu]2-seng1/ ui5 jip8/,
Liang5/-ek4/ chek4 peng5-seng1/ su7 khi2/.
iu7/,
chi1/ (chiang[chiong]1/-i5/ hoan2/), chi1/ (chi2/-i5/ hoan2/),
gi5/ (gi[gu]2/-ki1/ hoan2/), gi5/ (gi[gu]2/-ki7/ hoan2/),
kiong7 ui5 put4-un7/,
sian1/ (sou1/-chian5/ hoan2/), sian1/ (siang[siong]1/-jian5/ hoan2/),
iu5/ (i[u]1/-kiu3/ hoan2/), hou5/ (ou5/-kou1/ hoan2/),
ki[ku]7 lun7 si[su]7-chhiat4/.
iok8 kong2 bun5-lou7/, chu7 kho2 chheng1-tok8/ kai1 thong1/,
jiak[jiok]8 siang[siong]2 ti1-im1/, chek4 si1 kheng1-tiong7/ iu2 iN7/.
Li7 Cheng7/ "Un7-Chip8/",
He7-Hou5 Eng7/ "Un7-Liak[Liok]8/",
Iang[Iong]5 Hiu1-chi1/ "Un7-Liak[Liok]8/",
Li2 Kui3-Chiat4/ "Im1-Phou2/",
Tou7 Tai5-Keng1/ "Im1-Liak8/",
teng2/ kok4 iu2 koai1-hou7/.
Kang1-tong1 chhi2-un7/ i2 ho5-pok4/ hiu7 su5/.
in1/ lun7 lam5-pok4/ si7-hui1/, kou2-kim1/ thong1-sai3/.
iok8 keng3 khun2-soan2 cheng1chhiat4/, ti5-siak4 sou1-oan7/.
Gan5 goe7-su2/ Siau1 Kok4-chu[chi]2/, to1 sou2 koat4-teng7/.
Gui7 Ti[Tu]3-chok4/, ui7 Hoat4-Gan[Gian]5/ oat8/,
"hiang[hiong]3-lai5/ lun7-lan5/, gi5-chhi[chhu]3/ sit4-chin7/.
ho5-ui5 put4 sui5-khou2/ ki3/ chi10.
ngou2-poe3/ sou3-jin5/ teng7/ chek4 teng7/ i30."
Hoat4-Gan[Gian]5/ chek4 chiok4-he7/ ak4-pit4/, liak8-ki3 kong1-ki2/.
hou7/ phok4-bun7eng1-pian7/, tai7 tek4 cheng1-hoa5/.
i5 si[su]7/, keng3 siap8 i5-hak8/.
kiam1 chiong1 pok8-hoan7/, sip8-sou2-nian5-kan1/ put4-hong5 siu1-chip8/.
kim1/ hoan2 chhou1-hok8/ su[si]1 hun3 tsu1 te7-chu[chi]2/,
hoan5/ iu2 bun5-cho2/ chek4 si1 seng1-un7/.
peng2-ki1 san1-ia2/, kai1-iu5/ chou2-choat8/.
gi5-hek8/ chi1 sou2/ chit4-bun7/ bu5-chiong5/.
bong5/-chia20, chek4 seng1-si2/ lou7/ su5/,
khong1 hoai5kho2 chok4/ chi1 than3/.
chun5/-chia20, chek4 hui3/ chian7/ le2 kek4/,
i1/ po2 choat8-kau1/ chi1 chi2/.
sui7/ chhi2 chu[chi]1-ke[ka]1/ im1-un7/, kou2-kim1/ ju7-su1/,
i2-chian5/ sou2-ki3/-chia20, teng7/ chi10 ui5 "chhiat4-un7/" ngou2-koan3/.
phou2-sek4 ho5-li3/, hun1-piat4 si2-hui7/.
ho5/ hoan5 khip4 giok8/, bi7-kho2 hoan5-kim1/.
chong5/ chi10 beng5-san1/. sek4/, koai3 BaN2-Chhian1/ chi1 ga[gian]5/ tai7/.
ti5/ i2 kai3 chiang3/. kim1/, than3 Iang[Iong]5-Hiong5/ chi1 khou2/ git4/.
hui1 si7 siau2chu2/ choan1-tiap4/. laiN2/ sut8 kun5-hian5/ ui5-i3/.
leng5-kam2 si3-heng5 jin5-si3/. tit8 iok8 put4-chhut4 hou7-teng5/.
i5-si5/, soe3-chhu3/ sin1-iu2/, tai7-Sui5/ Jin5-siu7/ goan5-nian5/ ia20.


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[ 文 ] | [ 訓 ] | [ 南 ]

出典メモ.
洗馬陸爽、列太子罪除名
(隋書卷五十七)
河南陸氏、與呉郡陸氏異
(元和姓纂卷十,一屋,陸,河南洛陽)
和氏哭璞
(韓非子和氏篇十三)
呂覽呂氏春秋懸金改字
(《史記・卷85・呂不韋列傳》云: 「莊襄王即位三年,薨,太子政立為王,尊呂不韋為相國,號稱「仲父」。 秦王年少,太后時時竊私通呂不韋。不韋家僮萬人。 當是時, 魏有信陵君,楚有春申君, 趙有平原君,齊有孟嘗君, 皆下士喜賓客以相傾。 呂不韋以秦之彊,羞不如, 亦招致士,厚遇之,至食客三千人。 是時諸侯多辯士,如荀卿之徒,著書布天下。 呂不韋乃使其客人人著所聞,集論以為八覽、六論、十二紀,二十餘萬言。 以為備天地萬物古今之事,號曰呂氏春秋。 布咸陽市門,其上, 延諸侯游士賓客有能搗ケ一字者予千金。」 )
司馬遷(太史公)撰史記謂藏之名山
(《史記・太史公自序(報任少卿書)》云: 「維我漢繼五帝末流,接三代(統)[絶]業。 周道廢,秦撥去古文,焚滅詩書,故明堂石室金匱玉版圖籍散亂。 於是漢興, 蕭何次律令,韓信申軍法,張蒼為章程,叔孫通定禮儀,則文學彬彬稍進,詩書往往間出矣。 自曹參薦蓋公言黄老,而賈生、晁錯明申、商,公孫弘以儒顯,百年之間,天下遺文古事靡不畢集太史公。 太史公仍父子相續纂其職。 曰:「於戲!余維先人嘗掌斯事,顯於唐虞,至于周,復典之,故司馬氏世主天官。 至於余乎,欽念哉!欽念哉!」 罔羅天下放失舊聞,王跡所興,原始察終,見盛觀衰,論考之行事,略推三代,録秦漢,上記軒轅,下至于茲,著十二本紀,既科條之矣。 并時異世,年差不明,作十表。 禮樂損益,律歴改易,兵權山川鬼神,天人之際,承敝通變,作八書。二十八宿環北辰,三十輻共一轂,運行無窮,輔拂股肱之臣配焉,忠信行道,以奉主上,作三十世家。扶義俶儻,不令己失時,立功名於天下,作七十列傳。 凡百三十篇,五十二萬六千五百字,為太史公書。 序略,以拾遺補闕,成一家之言,厥協六經異傳,整齊百家雜語, 藏之名山,副在京師,俟後世聖人君子。 第七十。」 )
※宋韻補班固東都賦
「耻纎靡而不服、賤竒麗而不珍、
、沈珠於淵」
揚雄太玄經後人蓋醤
(《漢書・卷87・揚雄傳・贊》曰:「 雄以病免,復召為大夫。 家素貧,耆酒,人希至其門。 時有好事者載酒肴從游學,而鉅鹿侯芭常從雄居,受其太玄、法言焉。 劉亦嘗觀之,謂雄曰: 「空自苦!今學者有祿利, 然尚不能明易,又如玄何? 吾恐後人用覆也。」 雄笑而不應。年七十一,天鳳五年卒,侯芭為起墳,喪之三年。 」 )
繋‘「不出戸庭」知通
(周易60節卦初九象傳) [與其九二‘「不出門庭、凶」、失時’,押]
「不出戸庭,無咎。」子曰:「亂之所生也,則言語以爲階。君不密則失臣,臣不密則失身,幾事不密則害成。是以君子愼密而不出也。」
(周易繋辭上傳(第八章7))
老子第四十七章
云「不出知天。」云云。
夏侯」、切二書爲夏侯
(參照周祖謨廣韻校勘記1-03-03)
「今返初服私訓諸弟子」
つの訓みに別れる。
「今返初服,私訓諸弟子」
    根據
  • 熟語「初」「弟」とその正押;
  • また、《廣韻》所載の下文、「凡有文藻、即須聲韻」との字數の一致。
  • 「私訓諸弟子」の「」と「即須明聲韻」の「」とは對轉關係にある。
「今()返初服私訓諸弟子」
    根據
  • 下文の「凡有文藻,即須聲韻」が、 「凡有文藻,即須聲韻」となってゐるものは,《廣韻》以前の現存の文にはまづ無い。
  • また、虚字押と四字句内偶押とより以外には、文中に偶句正押の例が無い。
  • 「返初服私」の「服私」の「私」は虚字に類する役割の位置にあり、 服が間接的に實字押として下の「子」と押むことを許すと思われ、 そのことにより」と「」との韻部が逆轉してゐる間接的 押韻スタイルが許されてゐるものとすることが出來る。
    よって,「今」を時間指定の接頭辭としてバランスから分離し、 「返初服私,訓諸弟子」と下文の「凡有文藻,即須聲韻」とのバランスを 重んじた訓みの存在を主張することが出來、 諸冩本の本文(「明」の字が無い)を支持することにもなる (諸冩本の本文を支えた訓みの存在)。
  • 「弟子」という熟語の意味をを單に「教え子」に絞ると、 その結合が、 「初服」という結合と響くが、 以下のように考えることが出來る。
    「初服」意味は、 その要素を析言的に分解されるならば「返初服私」とも結合し得る。
    また、 もし有り得るならば前の「初服」と兩字づつの正押となる 「子弟」(“(或る家(「私」)の)子ども達”)よりも、 少し廣い意味の、 “(教えを受けに來る)子ども達”としての「弟子」 とすることによって、 師弟關係のみからの指定法の義からも一旦遠ざかり、 それを、 「初服」の要素が分解して半分ずれた意味が他と結合するのと對を成す樣相 と見ることが出來る。
  • 「私訓諸弟子」「即須明聲韻」の「諸」と「明」の響きが (「明」が無かったとするので)得られないが、 「返初服私,訓諸弟子」とすることによって、 その「初」と「諸」が響きを持つことは變らない。
上記の後者の句逗の場合には、
  • 「いまショかへりフクし、〜」
  • kim1/ hoan2 chhou1/ hok8-su[si]1/
のように訓みが變わることになる。
なお、それを
  1. 「いまショにシにフクするにかへり」
  2. 「いまかへりてショにシにフクし」
  3. 「いまかへりてシにショフクし」
のように訓むならば、 台讀ローマ字の聲調核や句逗の位置も、 それにつれて變わることになる・・。
  1. kim1/ hoan2 chhou1 hok8-su[si]1/
  2. kim1/ hoan2/ chhou1 hok8-su[si]1/
  3. kim1/ hoan2(/) chhou1-hok8 su[si]1/
「初服」という熟を壞さない意味では、第三の例が妥當かもしれないが、 時間+四字句というバランスからは、この三例以外の前述の訓みが妥當。 (2006.12.27.)
  • (陸氏原書では「返初、訓諸」だった可能性がある。
    「今反初服、訓諸弟子」讀んでしまうことをかばう理由は主に そこに之職蒸の古音をみようとするからである(「服」職部・「子」之部)が、 そこにもと有ったのが「私」「弟」という脂部の古音であり、 それが通用しづらい (「シ」同士(私・子)の通押と見せるほうが有効な)時代 に入ったために「子弟」「弟子」が逆転したと見ると、 服した所の「私」の「子弟」であるから 「私」の「弟子」よりも調度好いのである。2013.02.10.)
  • (夏侯該がもし蕭該につられた誤記ならば、 ここで「子弟」とすることと、「夏侯詠」とすること とを併せて、陸氏原序を求めた 言って無理は無いと考える。2013.02.11.)
  • 《斯2055》「今返  /私訓諸弟、凡有文藻、即須聲韻」〜「未可懸金」
    《伯2017》「今返初服私訓諸弟、凡有文藻、即須聲韻」〜「未可懸金」
    《伯2019》「今返初服私訓諸弟子、凡有文藻、即須聲」(殘韻字)〜「未得懸金」
    《伯2129》「今返初服私訓諸子弟、凡有文藻、即須聲韻」〜「未可懸金」
    《伯2638》「今反初服私訓諸弟子、凡有文藻、即須聲韻」〜「未得懸金」
    《伯4871》「今反初服私訓諸弟子、凡有文藻、即須聲韻」〜「未得懸金」
    《伯4879》 殘
    全本王仁切韻「今、返初服凡訓諸弟、有文藻即須聲韻」〜「未可懸金」
    これらから幾つもの祖型が考え得るが、 「弟」で句切るのを重要視すれば、 とが押韻する方が勝ると思われる。
    改訂意見を避けてあげるならば、 S2055の「今返私、訓諸弟,凡有文藻、即須聲韻」・ P2129の「今,返初服私、訓諸子弟,凡有文藻、即須聲韻」・ 全本王韻の「今,返初服、凡訓諸弟,有文藻、即須聲韻」、 が三つの有力候補であるうちの前二者が、韻を押む。
    また S2055 の「今返」直後に意味有りげな二三文字分の空白がある。
    そこへ漢語では表わしたくないような語彙が相当していたと假定すると、例えば、 「今,返歩六狐、私訓諸弟,凡有文藻、即須聲韻」となるが、韻を押むには、 歩六狐氏の氏に宛たるような、しかも脂部の語彙が提示されるべきこととなる (因みにこれだと「私」と「弟」とは句の頭尾での押韻となる)。
    いづれにしろ、時間の断絶句を「四字×2、四字×2」のバランスから外しておくのが良いから、 S2055, P2129 が殊に有力であろう。
    (2016.01.12.)
空懷可作之歎
ここの可作之歎というのを、意味が感じづらい句だと思ってゐたが、打鍵者宛の書信(2007.04.05.附け電子メール(大陸の「有女同車(BlankEgo)」氏による廣韻にまつわる私信))中に、「小可望許諾未免於衷」、また同用[サク/ザク:はぢる]の字に『』有り。(交遊や議論や質問の續きをを(?))「なす」(べきだったという(?))というような意味だけよりも、こちらのほうが掴めそうな感じがしたので、氣の所爲かもしれないがここにメモしておく。 (2007.04.07.)
感覺的に上記をメモにとどめたが、 ‘そこからいつまでも再び昏亂に戻る’ ということを避ける爲に、 簡單な翻譯案を今メモしておく。 「可作之歎」→「これ(自己の進捗状況)じゃはづかしい』∪[又は]『これ(所謂「群賢の遺意」)をどうしよう』(意譯)∴[故に]≒[略ぼ同じ]『はづべきである』(直譯)∴[ゆゑに]『もっと努力すべきだ』(直字譯(從來は大體「〜すべきだった」とか「〜できたのに」(過去形だけ)に止どまるし、それをコアの一部に含むことは變わらないと思う。))との嘆き」。 (2007.05.20.)
生死路殊
「生死」は相對化するが、「生死」という事態の纏まりは、さんざんな境目であり、 殊の音は今の廣韻には列で登録されてをり、周祖謨の朱訂などにより誅が該當義として指摘されるが、それが殊であって、 四部叢刊本徐公文集(徐騎省集)で篆韻譜關係箇所等をみると殊がそのようにあたふたと改字處置されてをり、 殊が誅殺の誅なことが作者の意を踰えて餘程違和感的問題で有り得たことが窺え、 ここも、生死という事態と路殊という事態というふうにしてみることが出來る。
つまり、どちらもさんざんなことであって、色々の片方は死ぬ、 (道路の路が)「路頭に迷ふ」(のそれであり)或いはなんとか路上にあるor「ころされ」(たようにし)て死ぬ、がそこにあると思われる。2008.06.29.
これを考慮すると、空懷可作之歎の可作之歎は、「それを助けれる筈でもあったのに」或いは「それをなんとかして助けれる筈ではなかったか」の意味をも呈するということになるし、わたくしが前の條でメモした「はづ」の意味でも、その何かを「はぢる」意味を伴うことが出來る。 そうすると更に、これらと對の後文も、但だ單なる「一方では」という對ではなく、「そのような事情なので、ゆゑに、遂には、」とでも出來るような互文的樣相を深めてゐるとも思われる。2008.07.21.
欲廣文路・若賞知音
知音というのは、チオムの他に、個人的で公正な心の通路の意味でチイムという語でも有り得る。
なので、文路は林明波《唐以前小學書之分類與考證》に門路としてあるように、その意味は、社會地位的なものであって、それと知音の相對が知識的對處法内の方向性に止どまらないことをメモしておく必要があると思う。(林明波氏著書での引文は廣韻から若干修正だけしたものであり、門も單な粗相でも有り得るが、廣韻での以今聲調を以爲古今聲調とまでしてある(「以爲「古今〜」」の意味だが爲字は無い筈)ことからすると、意見・解釋を含むと思われるので、ここではそこからの思いを汲む。)2008.07.21.
これには反論がある。《唐以前小學書之分類與考證》の《修續音韻決疑》條で引かれる顏氏家訓音辭篇には、「北人之音、擧爲矩、唯李季節云:『齊桓公與管仲於臺上謀伐、東郭牙望見桓公口開而不閉、故知言者也。』然則擧必不同呼、此爲知音矣。」ここを單に「發音を知ってるということだ」、と解すると私のいうことは弱い。しかし、國という小國に訪れる黯黒を東郭牙が救うということに於てならば、これを「チイム」というということにこの話しの意義の重要な「懸かり」的意味が在る。(但しこれは大學一二年生時(つまり教養部)に於いていつか既に注意を喚起されたことのある解釋の岐疑の一つなのであろうと思われる。色々更に再び調べれば良いのだが豫めメモすると、東郭牙という名前は(老莊故事中人名或いは)墨家的な立場を思わせる、つまり古來の小國や寡民などに對してでの「チイム」の心がここで言われてゐるとして、まづ良い、という豫想を持つ。(この理由が理由である理由は、桓公と管仲はそんなに無駄に暴虐を行なう者というふうには語られない筈だということに於いて、それでもこのように受け取ってみるには、そのようなこと(東郭牙=知音)であろうという意味であり、寧ろ絶對ではなく、東郭牙=知音の意味は尚もまだ兩つに割れるし、別の側(チオムのみな意味)にいく爲の言い譯をそこにもってゆかれる。寧ろ、兩方の完全性がそこに在っての文の意義かもしれない。つまり、それでも私のが消えれば不當とは尚も言いうるし、「言いうる」という詭辯確認は望まない。))2008.07.22.
何煩泣玉
これもよく分らないといえば分らないところに「可煩泣玉」と打鍵したウェブ頁が有ったのでメモしておく(これを含むという線を辿れないか?と思うので)。
何煩泣玉、未可懸金。藏之名山、〜
張衡の〈東京賦〉に「賤犀象、簡珠,藏金於山、抵璧於」とあり、なんで諸對があるのかがここに見える氣がする(《唐音正》の入聲四覺の愨字下を參照した 2011.01.14. )。
何煩泣玉
江永《古韻標準》入聲第四部「石」字旁證(陳第之旁證)下引東方朔〈七諫〉 「悲楚人之和氏兮、 獻寶以爲武之不察兮、 羌兩以畢𣃀」。
(2013.06.23.)
何煩泣玉
史記藺相如傳に和氏の璧が連城の璧として登場すると。
(2013.06.23.)
何煩泣玉
淮南子06覽冥訓に、
「譬如隋侯之珠,和氏之璧, 得之者富,失之者貧, 得失之度,深微窈冥, 難以知論,不可以辯説也。」
(2014.11.24.)




「切韻序」. これは, 比較作業などについてほぼ追体験した結果,
上田正『切韻諸本反切総覧』の校定文に從うものです.
出典について,あわせて
周斌武選注『中國古代語言學文選』(上海古藉出版社)の45pp.-57pp.によります.