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均社論叢

第五巻第一期 VOL.6

“幽韻小論”

                         松尾 良樹
 §1.〔“等”と“等韻”〕
 「等」という呼称と「等韻」という呼称とを、はっきり区別して考
える事が次第に行なわれるようになってきたが、まだ十分とはいえない。
そこで論の始めに、このことを明らかにしておきたい。「等」たとえば
「一等」と言えば、韻図一等の地位を差していうが、「一等韻」と言え
ば、ある韻全体について言うのである。まず「一等韻」とは、その韻所収
の字が全て韻図〔注1〕の一等に排される韻と定義する。〔注2〕 中古音系
では、東、冬、模、灰、魂痕、寒桓、豪、歌戈、唐、登、侯、覃、
談、(以上、平声のみ挙げて上去入を兼ねしめる。以下同じ)及び泰の
諸韻である。「二等韻」とは、その韻所収の字が全て韻図の二等に排さ
れる韻と定義する。江、佳、皆、刪、山、肴、麻、庚、耕、咸、銜、
及び夬の諸韻である。「四等韻」とは、その韻所収の字が全て韻図の四
等に排される韻と定義する。斉、先、蕭、青、添の諸韻である。「三等
韻」とは、上述の「一等韻」「二等韻」「四等韻」以外の全ての韻の総称
であって、その含む範囲は広く、韻図に於ける字の排され方もさまざ
まであるので、細かな分析の試みがなされている。〔注3〕その分析は、
必要であるが、今はA,B,Cの三類に分つだけで十分である。A,B類は
いわゆる重紐韻である。〔注4〕支、脂、眞諄臻、仙、宵、麻、清、
幽、侵、鹽、及び祭の諸韻である。〔注5〕  C類は、韻図に於ける字
の排され方から言えば、二つに分けられる。C類は韻図の三等にの
み排され、純三等韻とも呼ばれる。微、文欣、元、嚴、凡、及び廢の
諸韻である。C類は、韻図では二、三、四等にまたがって排される。

東、鍾、之、魚、虞、陽、尤、の諸韻である。〔注6〕(蒸は保留した)
〔注1〕韻図とは直接には韻鏡を指す。中古音と言う場合には、
直接には廣韻を指して言う。反切についても同じ。〔注2〕以
下の定義、筆者にとっての直接は、辻本春彦師の講義による。間
接には、周法高「論切韻音」(香港中文大学;中国文化研究所学報
一巻一期1968年,p94)がほぼ内容を同じくする。〔注3〕周法高
「古音中的三等韻兼論古音的寫法」(史語集刊19本1948年,p206,207)
〔注4〕重紐の概念が、有坂秀世氏の最初の定義“上字も同母、下
字も同韻であって一見互に同音であるかの如く見える反切”の対、
に留らず、その音的差異が重紐をふくむ韻全体に及ぶこと、つま
り重紐の概念を拡大すべきことについて、かって「広韵反切の類
相関について」(均社論叢VOL1,1974年)で述べた事があるが、意
を尽しえなかった。近く「広韻に於ける重紐問題」と題し、より
詳細に論じる。(中国語学、次号)〔注5〕平声臻韻とその相配す
る入聲櫛韻は、眞諄臻(及びその相配する上去入)からなる、い
わば眞韻系と総称すべき音のグループから、開口歯音二等のみを
取り出して一韻に立てたもので、韻図は二等のみに排するが、三
等韻である。眞韻系はその内部での分韻に、開合を含めて問題が
ある。〔注6〕平山久雄氏「切韻における蒸職韻と之韻の音価」
(東洋学報49卷1号年)「切韻における蒸職韻開口牙喉音の
音価」(東洋学報55卷2号1972年)は、蒸職韻に詳細な検討を加え
られ、蒸職韻が声母の条件によってB類、C類に分れるとの結論
を示された。§4でも少しふれるが、氏の説に従い難い所もある
ので、ここでは蒸韻の韻類は保留して掲げなかった。

§2。〔幽韻の問題〕
 さて、このような韻類の定義は、韻図に於ける文字の排され方と密
接に関連しているわけであるが、その際、最も大きな異例をなしてい
るのが幽韻である。この問題についての最初の言及そして解决への示
唆もまた有坂秀世氏によってなされた。〔注7〕すなわち、「幽韻は韻図
から見れば、四等にのみ字が排され、四等韻のように見えるが、(広韻
所収の小韻には)韻図からは隠れた歯頭音(精母四等の子幽切)、細
正歯音二等(生母二等の山幽切)を含んでいて、実際は三等韻であ
る。」というのが、それである。これはまた韻図と中古音系のズレの指
摘でもある。韻鏡は広韻の音韻論的解釈として、おおむね忠実な所が
多いのだが、この幽韻の取り扱いには問題があると指摘したのである。
幽韻が三等韻ということになると、次には類が問題となる。董同氏
は全本王仁煦刊謬補缺切韻の反切下字を繋法によって整理した際、
幽韻に於いて、「烋」小韻(許彪反)が存在し、「」小韻(香幽反)と
正しく重紐の対をなしていることを指摘した。〔注8〕この二字は、広
韻では香幽切を小韻首字として、烋字はその下に収めている。つま
り広韻はこの二字を同音としたのである。ところが、切韻系残卷に
はこの二字を同音とするものは全く見出せず、逆に上の完本王韻、さ
らには切、王(簡称は十韻彙編による)と計三例、別の小韻に立てる
ものが見出される。反切は三例とも共通である。ここから、幽韻はも
ともと初期切韻系韻書では重紐韻であったが、広韻では、・烋を同
音としたために、その区別の手がかりが失われたことが明らかになった。
  〔注7〕有坂秀世「カールグレン氏の拗音説を評する」(もと1937〜
  1939年、「国語音韻史の研究」三省堂、に収む。そのp.356,357。)

  以下の引用は本編の用語に改め、( )内に説明を補ってある。
  〔注8〕董同「全本王仁煦刊謬補闕切韻的反切下字」(史語集刊19
  本、1948年)
§3.〔各小韻の帰類〕
 次には幽韻に含まれる各小韻がA、B類のどちらに属するかという事
が問題となる。これは言い換えると、幽韻(及びその相配する上去声)
だけで一枚の転図に表わすとすれば、各小韻字は何等に排されるかと
いう問題である。〔注9〕
 まず幽韻を検討する。広韻には計11小韻を収める。1幽 2
渠幽 3彪甫烋 4鏐力幽 5樛 6皮彪 7子幽 8山
幽 9 10香幽 11繆武彪  これを繋法で整理すれば
、
 10
   ×
 
 圖甫烋11 −(烋)
広韻に於いては、の彪の下字烋がと同音とされたため、は系
してしまい、反切系法では区別が見出せなかったのである。しか
し広韻以前の切韻系韻書は、と二つ分れていたことになる。こ
の区別に合せて、反切の上字下字の韻類を考察すれば、類相関によっ
て、帰字の韻類を知ることができる。〔注10〕
から検討を加える。6皮彪は上字の皮字が(支韻並母B類)でああ
るから、帰字はB類。切韻残巻、例えば王扶彪に作る。扶字
は(麌韻奉母C類)であるから、がB類であるには、彪がB類でな
ければならない。(+彪→滂11武彪の上字武は(麌韻微母
C類)であるが下字彪がB類ゆえ繆もB類。(11+彪→繆甫烋は、上字甫は(麌韻非母C類)、。帰字がB類であるから、下字
烋もB類。(+烋→彪)烋がB類ということになれば、重紐の
対をなすはA類となる。10香幽の上字香は(陽韻曉母C類)で、
帰字がA類ゆえ下字幽はA類、従っての各小韻は、・…渠(魚韻
群母C類)+幽→A 樛−居(魚韻見母C類+幽 ・…語(
語韻疑母C類)+幽→A ・…子(止韻精母)+幽→A としてA
類と定めうる。残る鏐は来母、は生母で、それぞれ韻図三等、二
等と位置が定っているから、ここでは舌歯音の帰類についてはふれず
ともよかろう。これで幽韻各字の韻図での位置が定った。
 次に相配する上声黝韻を検討する。広韻では3小韻を収める。系
した形で示す。

この三字ともに反切上字は、於(魚韻C)居(魚韻C)、渠(魚韻C)
といずれもC類字であり、従って下字によってA、Bの字類が決ること
になり、この場合は決定するすべがない。(切韻残巻に朔っても反切に
は異同なし。このような場合は類相関の弱点の一つであるが、それも
やむを得ない。結果として類相関が成立するのであって、反切の作者
が類相関を始めから考えて反切を作ったのではないから。)とりあえず、
ここでは順序が逆になるけれど、去声の幼字がA類なので、諧声の関
係も考えて、黝もA類と仮定する。そうすれば、上声の3小韻はすべ
てA類となる。
 次に相配する去声幼韻を検討する。広韻では4小韻を収める。系
した形で示す。
 伊謬𧾻

■■■■■ここから■■■■■6頁め・打鍵はここで諦めておく
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