(このファイルは、このセット内の全てと同じく、シフトジス基本區劃だけを用ゐ、HTMLブラウザ用ユニコードタグを雜じえることによって打鍵してあります。(MS−DOSやWindows95・Windows98などの上でも檢索や修正などが出來るようにとの時代後れな配慮です。))

先生の文章で,著作集の該當分野に收められてゐないと思われるものの内, 以下の文を,打鍵しました.記号や行組みは,ここでは再現出來てゐません.
(理由は,作集には、音韻學上の内・外について、これを少し難しくした類名の二論文が載るのですが、嘗て幾たびもしつこく兩論文の文中を往來して結局、私自身にとっては「これがまづ根柢に無いと何も分らない」からです。)


中國語學72(1958.3) pp11-13,19-
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中古の内・外

─────────頼 惟勤

唐P.問題の所在

《韻鏡》や《七音略》など,中古末の各韻 図には「内転・外転」が指定されている。しか しその意味は捉えにくい。古来その解釈をめ ぐって論議が絶えないが,今以て万人を肯か せるような説は提出されていない。本稿もま た,この古来の難問に対する一考察である が,ただ標題を「内転・外転」とせず,単 に「内・外」としたわけは,韻図の転に限らず に,一般に「内・外」なるものを論じようと するからである。

唐Q.内外と主母音(一)音量

韻図の内転・外転と並んで,古い資料とし ては安然の《悉曇藏》に見える「内・外」が ある。即ちその第5巻において,「表」氏の 声調を記して,「入声は徑止して,内もなく 外もない」というのがそれである。これを現 代粤語入声に照して考えると,つま り,入声が内・外によって分れることがな いということをいっているのだと推定され る。現代広州方言では,その高入(短入)は 内転から来,その中入(長入)は外転から来 ている。まさにこれが,「入に内あり,外あ り」の方言である。(以上の点は曽て私見を <内転・外転について>《中國語學》19号と して発表した。その後,《湖北方言調査報 告》を見ると,中国では早くからこのことに 気づかれ,方言の分類のワクとして内・外が 使われていることがわかった。)
 また少数民族語の漢字借用音にも同様の事 実が見出される。一般に,洞台系の諸語では 主母音に長短の対立があるので,「長母音と 外」,「短母音と内」の関係が明らかにみとめら れる。そして主母音の長短によって入声がわ かれることは,Jui(Dioi),武鳴,依,景洪などの方言によっても知られる。
 なおここで関聯してのべるならば,主母音 の長短は,韻母全体の長短にはならないので ある。それは,韻母の中の韻尾にもまた長短 があり,これが主母音と長短あい逆になっ て,韻母全体としては同じ長さになるからで ある。ただし長い韻尾というもののあり得な い入声韻尾では,主母音の長短がそのまま韻 母全体の長短になる。(入声にのみ長・短によ る声調分化のある所以である。詳しくは曽 て<声調変化について>《日本中国学会報》 2号で論じた。また韻尾ゼロでは長母音のみ が現われる。

  韻母全体の長短については,むしろこれ を声調に求めるべきである。古代から既 に,長めに発音される声調と,短めに発音 される声調とがあったことは十分に考えら れることである。平仄が即ちこれであると 考えられる。
  以上によって,ともかくも,「内・外」と 主母音の「長・短」とに密接な関係があるこ とがまず推測される。

唐R.内外と主母音(二)音質


再び《悉曇藏》によると,その第2巻にお いて,「内外」は「大小」と並列されてい る。この「大小」が何を意味するかは解釈の 余地があるが,一応,口のあけ方の大小,つ まり母音の舌位の低・高と解釈できる。
 一般に中国語は古今を通じて,a系の主母 音を持つ韻母と,それ以外の母音を持つ韻母 とに二大別できる。注音符号がその立場で現 代北京方言を表記していることは広く知られ ている。これを中古末について考えてみて も,次の如く,この分類法が成立することが わかる。(14摂は中古末より更に降る時代の ものと思われるが,いま便宜上これを借り用 いる)
韻尾→ ゼロŋ ŋ
主母音のa
以外の系統
主母音のa
系統
これが後世,内外転校訂家によって好んで 取られる内・外の別と一致する。つまり内・ 外は,主母音の「大・低・a系」であるか否 かによって分けられる。つまり「大・低・a 系」が外であり,「小・高・非a系」が内で ある。これもまた,内外に關する顕著な現象 と認められる。

§4.内外と韻母

 次に韻母全体について考えると,《湖北方 言調査報告》や,《中国音韻学研究》(高本 漢著)訳注などに注目すべき記述がある。
 いまそれを簡単にまとめると次表の如くに なる。
      主母音   韻尾 
内転韻母  短・弱  長・強 
外転韻母  長・強  短・弱 
これは重要な現象であり,ここに至って, 多岐に亘った内・外も,ようやくある種の統 一がとれて来ることを感ずるのである。即 ち,韻母に長短の対立のある粤語では,「内・ 外」は主母音の「短・長」として反映するで あろう。また母音に長短の対立のないその他 の中国語(古今を問わず)では,「内・外」 は主母音の「弱・強」として反映するであろ う。そして「弱」にしても「強」にしても, あらゆる母音についてありうるわけである が,口の開け方(舌位の下り方)に「小」と 「大」とがある場合、「小と弱」および「大 と強」がそれぞれ組みになりやすいのは自然 の勢であろう。これ即ち「内・外」が主母音 の「非a系とa系」という形に反映するいわ れである。尤も重ねていうと,a系以外の主 母音(「小」)が常に弱とは限らず,同じ主母 音について弱強ともにありうることは忘れて はならない。
 これを要するに,韻母全体として見れば, 主母音と韻尾とについて強弱,あるいは長短 について,あるバランスがとられて,一方が 増量すれば他方が減量する関係にあることが 知られる。つまり内とは韻母の末尾に重点の あるものであり,外とは韻母の始めに重点の あるものである。いわば内は<型であり,外 は>型である。
 では韻尾ゼロの場合はどうなるのであろう か。思うにこの場合は,主母音のa系なるか 否かに拘らず,韻母は全体として同じ長さ・ 強さになる。しかし主母音だけの韻母であっ ても,その末尾に重点を置く<型の発音も可 能であるし,また始めに重点を置く>型の発 音も可能である。あるいはこの考えが作為に 過ぎるとすれば,次のように考えなおすこと もできる。即ち,そのままでは何の違いもな いが,時あってから何らかの要素がこれに加 わるや否や,忽ち<または>の型となるべき 骨格を内包しているものであると。
 以上によって自ら筆者の主張する「内・外」 の意味が明になったと思う。つまり私見では 内外を韻母に関する規定と見るのである。そ れは場合々々によって,主母音の短と長とに 顕示されたり,主母音の小(非a系)大(a 系)とに顕示されたり,韻尾の強と弱とに顕 示されたりするのである。これを要するに, 内は<型韻母であり外は>型韻母である。
 なお関連して述べるならば,以上のような 意味での「内・外」は超歴史的な規範である から,韻母の音韻変化によって,ある韻母が 内から外へ変り,また外から内へ変ることは 当然起りうることである。従来,内転・外転 について種々の校訂が行われたが,それは期 せずして,ある時期における韻母の二大分類 を行ったことになったと見做される。ただそ れは,中古韻母そのものについての二大分類 ではないかも知れず,また韻図の時代の韻母 そのものの二大分類でないかも知れない,と いうだけのことである。

§5.内外に伴う諸現象

 内外に伴う現象は以上には止まらない。その 若干を挙げると,まず中古歯上音の変化があ る。中古歯上音は,いまの官話では,内転で は ts, s の部位となり,外転では捲舌音とな る(《湖北方言調査報告》による)。これは 内転の短弱な主母音が,歯上音の捲舌化を促 進しえなかったためであろう。
 また内転には独立の2等韻はなく,外転に はそれがある。これは古来有名な内外の定義 であり,且つ内外の実質を何も表わさない定 義でもある。思うに独立2等韻の頭子音は, 曽ては1等韻と同じく,舌音には舌頭,歯音に は歯頭を持っていたに違いない。しかるに内 転の短弱な主母音は,独立2等韻などを形 成することなく;これに対し,外転の長強な 主母音は,韻母が頭子音を支配して,頭子音 を自己に都合よく,舌音は舌上化し,歯音は 歯上化したのだと考えられる。
 また現代北京方言において,注音符号式に 書いて{ iən, iəŋ, uən, uəŋ, yən, yəŋ,}の {ə}が実際の音声には極めて不完全にしか 現われないこと,また{iəu,uəi}の{ə} が 1 2 聲において同様であることは,やは り内転の主母音の短弱を反映するものと解せ られる。

§6.韻図への通用

 以上から考えて,中古末の韻図の内転・外 転は,いずれにせよこれら韻図の基づく方言 の韻母の二大分類を示すものとしなければな らない。
 韻図の内外転で最も問題となるのは臻摂 (正しくは,後世、臻摂を形成する諸韻)を 外転とする点である。これは,これと平行す る深摂(正しくは上に準ずる。以下も同じ) を内転とするのと合わない所である。しか し,韻図についてみても,臻・深両摂は完全 には平行しない。例えば歴史的には痕韻に平 行して,当然深摂1等の期待される覃韻が咸 摂系になっているなどがそれである。(臻・ 山摂は中古韻尾 n,t ;深咸は m,p である。)
 また切韻系韻書の韻目順を見ると,だいた い au 系の韻の出るところまでは,切韻以 来,広韻に至るまで重大な食い違いはなく, また平上去入の順が概ね相い配していて乱れ ない。そしてこの部分には,中古の韻尾 uŋ, uk; n, t, が残らず含まれことは注目さるべ きである。これに対して, au 系の韻のあと は韻書による違いと,四声相配(正しくは 「平上去」と「入」との関係)の乱れとが目 立つのである。そしてこの部分には,中古の 韻尾ŋ,k; m,p とが変化の 過程を異にしていだことを示すものと考えら れる。さて,韻図時代において,すべて中古 韻尾が本来の面目を保っていたとは限らない 例えば弱化韻尾 ,の存在などを想定する ことは可能である。但し,韻図は極めて審音 的なものであるから,韻尾が弱化したからと いって,相配関係を誤ったりはしなかったの であろう。
 ここにおいて,前述,臻摂の外転とは,即 ち中古韻尾 m,t が当時 ,であったことを 意味するものと推断される。もちろん弱化韻 尾に対しては長強なa系主母音が最も適しい とはいうものの,非a系主母音が長強になれ なり道理はない。要するに韻母全体として型 が>であれば,これは外である。そして, n, t がこうだからといって, m,p までもが そうである必要がないことは上述のとおりで ある。かくして中古末の韻図の内外転は,韻 母に関する類別であり,それは中古音そのま まではない方言に基いて記されていると考え るものである。     (1957. 12. 2.) 附記 以上は昨年10月26日の大会の発表をま とめたものであるが,大会の発表も本稿も 意をくさない点が多い。やや詳しくは <中古中国語の内・外について>(《お茶の水女子大学人文科学紀要》に投稿予定) について見られたい。


Typed in 199?.??.?? - 2008.05.29.