坐ル席ガナイ
或一軒ノ家ニ、
掛取ガ多クテ、
椅子モ腰掛モ皆滿員ト云フ有樣デ、
其上ニマダ一人閾ニ腰掛ケテ居ルモノガアッタ、
主人ハソット其男ニ『
ドウカ明朝早ヤク來テ下サイ』
ト云フト其掛取ノ男ハ、是レハ屹度主人ガ明日アスノ朝、
先ニ乃公ニ借ヲ返ス積リダナト合點シテ、
心中大喜ビデ『
此家ニハホントニ金ガナイノダカラ皆サン歸リマシヨウ』
ト怒鳴ッタ、
翌朝早ク彼ハ人ヨリ先キニヤッテ來テ主人ニ金ヲ返シテ呉レト乞フト、
主人ガ言フニハ『
私ハ金ヲ返ス積デハナイノデスガ、
昨日貴方ガ敷居ニ腰ヲ掛ケテオイデナサッタノデ、誠ニ御氣ノ毒デシタカラ、
ソレ故マア今日ハ貴方ニ少シ早ク來テ戴イテ、
先ニ椅子ヲ一ツ占領シテ置ケバ皆サンガオ出デニナッテモ、
又貴方ノ席ガ無クナル樣ナ事ハ無カロウト思ッタカラデス』
ト掛取ハ其コトヲ聞イテ非常ニ怒リ、
主人ノ惡態ヲツキナガラ歸ッテ行キマシタ。
