併シ私共ハ引越スルノニハ違ヒアリマセン
一人ノ閑靜ヲ好ム人ガアリマシタガ、
其家ハ銅鍛冶ト鐵鍛冶トノ間ニ夾マッテ居ルノデ、
兩隣デ毎日仕事ヲスル爲メニ、
八釜敷テ堪リマセン、
ソレデ常ニ此二人ニ『
何時デモ貴方々御二人ガ轉宅ナサル際ニハ、
先キニ一寸知ラセテ下サイ、
御馳走ノ仕度ヲシテ御招待致シマシヨウ』
ト云ッテ居リマシタ、
スルト或日ノコト此二人ガ一緒ニ來テ『
私共ハ引越シマスカラ、
御知ラセニ參リマシタ、
前ニ御馳走ヲシテ下サルトノ御約束故、
ワザワザ參上致シマシタ譯デス』
トノ挨拶、
彼ハ聞イテ大ニ喜ビ、早速酒肴ヲ命ジテ兩人ヲ御馳走シマシタ、
酒宴ガ濟ンデカラ主人ガ『
貴方々御二人ハ何處ヘ御引越ニナリマスノデスカ』
ト尋ネルト、
兩人ノ云フノニ『
私共二人ハ向フガコチラヘ、
コッチガ向フヘ引越スノデス』
ト此人ハ聞イテ非常ニ立腹シ『
ソレヂヤ前トチットモ變ッタコトハナイ、
馬鹿馬鹿シイ御馳走ハ二人ニ食ハレテ仕舞ヒ、
ヤッパリ八釜敷クテ堪ラリャーシナイ』
ト云フト彼ノ二人ガ云フノニハ『
併シ私共ハ引越シスルノニハ違ヒアリマセン』
