屹度氣違ヒダ
昔或山田舍カラ城内ニ僧ヲ招キニ參リマシタ、
折節其日ハ雨降デ道モ惡イノデ駕籠ヲモッテ迎ヒニ來マシタ、
和尚モ軈テ用意ヲシテ駕籠ニ打チ乘リ、
町外レマデ行クト、
如何シタコトカ、
駕籠ノ底ガ拔ケテ仕舞ヒマシタ、
傷ハシヤ、
和尚ハ袈裟モ衣モ泥マミレニナリマシタ、
駕籠舁モ気ノ毒ガリ、
ソコラ駈ケ廻ッテ繩切ヲ拾フテ來テ漸ヤク縛リ付ケ、
扨テ和尚サン御乘リナサレト云イマシタ、
和尚モ氣味ガ惡イケレドモ、
雨ハ強シ、袈裟モ衣モ汚レテ居ルシ其レヲ着テ歩クモ外聞ガ惡イモノダカラ不承不承ニ轎ニ乘ル時、
駕籠屋ニ向ッテ、
『コレ駕籠ノ衆モウ底ハ拔ケハスマイカ』
ト云フト駕籠舁ハ『
イエイエ氣遣ハ御座イマセン』
ト申シマシタ、
乘ッテ舁ギ上ゲル拍子ニ、
又底ガメキメキト云フ和尚大ニ肝ヲ潰シ『
コレデハ中々安心ガナラズ、
御苦勞ダガ、
駕籠ノ上カラ今一遍丈夫ニ繩デ縢ゲテ下サレ、
駕籠舁モ尤モト思イ、
又繩切ヲ拾ッテ、
駕籠ノ上カラ縱横十文字ニ縢ゲ、
コレデハ過ハアルマイト、
道ヲ急ギ或村ヘ通リカカルト折節此村ニ集會ガアッテ澤山ナ人ガ集ッテ、
非常ナ込合デシタ、其中ノ或モノガ其駕籠ヲ見テ皆ノ者ニ云フニハ『
ナント皆サン彼ノ駕籠ヲ見ナサレ、
ナンデモ城内ヘ奉公ニ行ッタ人ガ死ンダノデ、
死體ヲ故郷ヘ送ルノト見エル、
扨テ人間ハ儚ナイモノデハ御座ラヌカ』
ト此ノ聲ヲ駕籠ノ中ノ和尚ガ聞付ケテ『
サテハ我ヲ死人ト心得タカ忌々シイ』
ト態ザト駕籠ノ中デ咳拂ヲシマシタ、
彼ノ人ハ此ノ咳拂ニ喫驚シテ又云フノニ『
死人ヂャト思フタラ、
ドウヤラ罪人ラシイ滅多ニ側ニ寄ルマイゾ』
ト云フ和尚彌々腹ヲ立テ今ハ堪リカネ駕籠ノ中デジダンダ踏ミ大聲上ゲテ『
罪人デハナイゾ、
滅多ナコトヲ云フテ貰イマスマイ』
ト云フト、
其聲ニ又喫驚シテ『
サテハ罪人デナクテ、
屹度氣違ニ違イナイワイ』
